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横浜地方裁判所 平成4年(ワ)815号 判決 1993年3月18日

原告

梅原武

被告

佐藤博久

主文

一  被告は、原告に対し、金一三一四万八六三七円並びに内金一一八四万八六三七円に対する平成二年五月八日から及び内金一三〇万円に対する平成四年四月三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二五九九万六一五四円並びに内金二三九九万六一五四円に対する平成二年五月八日から及び内金二〇〇万円に対する平成四年四月三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被害車両(バイク)の運転者が加害車両の運転者かつ保有者に対して自賠法三条に基づき損害賠償請求した事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成二年五月八日午前七時五三分ころ

(二) 場所 秦野市曽屋五一八番地先路上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(相模五八ろ一六四五)

右運転者かつ保有者 被告

(四) 被害車両 自動二輪車(秦野市せ六一九)

右運転者 原告

(五) 事故態様 信号機による交通整理の行われていない十字型交差点を直進しようとした被害車両と、これと対向して右折しようとした加害車両が衝突した。

2  被告の責任

被告は、本件事故について、自賠法三条により、損害賠償責任を負う。

3  原告の受傷及び診療の経過

原告は、本件事故により、左肘・両膝・左手・右上腕各打撲、頸椎捻挫の傷害を負い、次のとおり秦野赤十字病院に入通院して、平成三年七月二七日、症状固定と診断された。

(一) 平成二年五月八日から同年九月二五日まで通院二七日

(二) 同年一〇月一三日から同年一一月二日まで入院二一日

(三) 同月八日から平成三年七月二七日まで通院三一日

その間、平成二年九月五日から、外傷性頸椎椎間板ヘルニア(第五・第六頸椎)の傷病名が追加され、入院して、椎間板を切除し、骨盤骨を移植した上、第五・第六頸椎を固定する手術(前方固定術)を受けるなどした。

そして、自賠責保険の後遺障害等級の事前認定で、併合一〇級に認定された。

4  原告の損害額

(一) 治療費 四六万九四五七円

(二) 文書料 四〇〇〇円

(三) 頸椎装具費 二万二四八八円

(四) 通院交通費(平成二年六月一〇日までの分) 五六四〇円

5  損害の填補 四六一万六三四八円

(一) 4の損害分 五〇万一五八五円

(二) 休業損害分 三〇二万二八一五円

(三) 労災保険給付(原告自認額) 一〇九万一九四八円

二  争点

1  過失相殺の要否・割合

被告は、原告に徐行及び前方注視を怠つた過失があるから、二割の過失相殺をすべきであると主張する。

2  椎間板ヘルニアと事故との間の因果関係の存否及び因果関係が認められる場合の損害の減額(過失相殺の類推適用)の要否

(一) 原告の主張

(1) 原告の椎間板ヘルニアは、本件事故前には存せず、骨棘形成が神経を圧迫することによる神経根症や椎間板の不安定性による椎間板症は認められていないから、本件事故により発症したものである。

そして、原告の後遺障害は、第五・第六頸椎の固定による頸椎の奇形障害が自賠法施行令別表一一級七号該当、骨盤骨の変形障害が一二級五号該当、頸部醜状痕が非該当で、併合一〇級に相当する。

(2) 加齢による退行変性は、必然的、不可避的なものであるから、明確な症状を伴う傷病として既に発症している場合を除いて、これを根拠として損害の減額をすることは許されない。

(二) 被告の主張

(1) 原告の受傷直後の頸椎レントゲン検査によれば、異常所見がなく、神経根症状が認められるようになつたのは、事故後三か月近く経過してからであることから、原告の椎間板ヘルニアは、本件事故による外力によつて生じたものではなく、事故当時既に原告自身の経年的変化(骨棘形成)により無症状で存していたものか、本件事故後に事故とは全く無関係な外力によつて発症したものというべきである。

(2) 仮に、椎間板ヘルニアについて本件事故との間に因果関係が認められるとしても、原告に頸椎の経年的変化が存在し、本件事故が椎間板ヘルニア発症の誘因として作用したものであるから、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、損害の減額をすべきである。

3  原告の損害額(一4を除く。)

原告は、次のとおり請求する。

(一) 入院雑費 二万五二〇〇円

一二〇〇円×二一日

(二) 入院看護費 一万八〇〇〇円

四五〇〇円×四日

(三) 通院交通費(未払分) 三万円

(四) 休業損害 四〇九万七六六二円

一〇か月分の残業相当加算額五〇万円を含む。

(五) 後遺障害による逸失利益 一八〇四万〇〇五五円

六四三万六九〇〇円(平成二年賃金センサス男子学歴計年齢別平均年収額)×〇・二七×一〇・三八〇(一五年のライプニツツ係数)

(六) 慰謝料 五九〇万円

(1) 入通院分 一三〇万円

(2) 後遺障害分 四六〇万円

(七) 弁護士費用 二〇〇万円

第三争点に対する判断

一  過失相殺の要否・割合(争点1)

1  証拠(甲三三、乙一、原告本人)によれば、本件事故の状況について、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場の状況は、別紙図面(乙一の実況見分調書の交通事故現場見取図)記載のとおりであり、最高速度時速四〇キロメートルの規制がされており、市街地の交通量普通の道路である。

(二) 被告は、本件交差点を西田原方面から戸川方面に右折しようとし、<1>地点付近で減速して右折の合図を出し、<2>地点付近で被害車両が対向してくるのを認めたが、停止することなく、そのまま右折を開始し、<4>地点に至り被害車両が<イ>地点に迫つているのに気付き、危険を感じブレーキをかけて、<5>地点(運転席)で被害車両(<×>地点がハンドル右側)と衝突し、同車を少し引きずつて<6>地点に停止した。なお、普通乗用車が地点(同車の右前地点)にいたので、被告は、同車に気を取られて、被害車両との距離を見誤り、かつ、同車に対する注視を怠つたものと推測される。

(三) 原告は、新町方面から西田原方面に向けて本件交差点を直進しようとし、加害車両が右折しようとしていたのを認めたが、同車両が減速したので右折しないで自車(一二五CC)の通過を待つと考え、時速二、三〇キロメートルに減速しただけで走行しようとしたところ、加害車両が停止せずに右折を開始したため、横断歩道手前の停止線付近に至り、ブレーキをかけて自車を滑走させて、<×>地点で加害車両と衝突し、自らは<ウ>地点に転倒した。

2  右認定の事実によれば、被告は、右折するに当たり、対向直進車(被害車両)があるのを認めながら、同車との距離を見誤り、かつ、同車に対する注視を全く怠つたまま、漫然と右折を開始したものであり、その過失は重大である。

次に、原告は、進路前方の交差点で右折しようとしている車両があるのを知りながら、これが自車線内に進入してこないものと軽信して、多少減速しただけで交差点を通過しようとしたもので、交差点に進入するに当たつて安全な速度と方法で走行すべき注意義務(道交法三六条四項)を怠つた過失がある。

3  そして、双方の過失を対比すると、過失割合は、被告が九、原告が一と認めるのが相当であるから、原告の損害額から、一割を減額することとする。

二  椎間板ヘルニアと事故との間の因果関係の存否及び因果関係が認められる場合の損害の減額(過失相殺の類推適用)の要否(争点2)

1  証拠によれば、以下の事実が認められる。

(一) (甲二、四、六、九、一一、一三、一五、乙二、三)

原告(昭和一三年一一月一五日生)は、本件事故後直ちに、秦野赤十字病院(脳神経外科。事故当日は、整形外科及び外科にも受診)に受診し、頭痛、頸部痛、嘔気を訴え、頸部運動(後屈)障害があるが、頸椎X線検査等では異常なしとされ、左肘・両膝・左手・右上腕各打撲、頸椎捻挫と診断され、頸部ポリネツク固定、湿布、投薬を受け、その後痛み等の症状が軽減したり増強したりしたが、六月一六日には、頸部痛はほとんどなくなり、頸の可動域は全部よいとして、同月末に治癒見込みと診断された。

ところが、その後も頸部痛等が持続し、頸部運動制限、上肢のしびれもあるため、治癒の診断を見合わせ、薬物療法、理学療法を継続し、九月三日及び四日にミエロ検査のため秦野赤十字病院に入院し、更に、同月一一日に平塚市民病院で頸椎MRI検査を受け、第五・第六頸椎椎間板ヘルニアと診断され、一〇月一三日に入院して、同月一五日に手術(頸椎前方固定術)を受け、手術後症状が軽快して一一月二日に退院し、以後は通院治療を続け、手術した第五・第六頸椎は完全に癒合し、頸部運動障害はなく、腱反射は正常で神経学的所見もなく、後記(二)(3)の自覚症状があつたが、自律神経異常とされ、平成三年七月二七日に症状固定と診断された。

なお、原告は、その後も平成三年末ころまで継続して秦野赤十字病院に通院し、天気が悪いと自覚症状が出るなどと訴えて、精神的要因が強いなどと診断され、平成四年一月に小田原市立病院でMRI検査を受け、MRI所見では圧迫は完全にとれているとされた。また、原告は、平成三年二月二一日、左肩関節痛、運動痛を訴えて秦野赤十字病院(整形外科)に受診し、左五十肩と診断された。

(二) (甲一六)

秦野赤十字病院(脳神経外科)の平成三年八月三日付け後遺障害診断の内容は、次のとおりである。

(1) 症状固定日 平成三年七月二七日

(2) 傷病名 外傷性頸椎症(頸椎椎間板ヘルニア)

既存障害なし

(3) 自覚症状

頸部・背部痛、肩痛、両上肢先端知覚異常(しびれ感)、後頭部痛、嘔気

(4) 他覚症状及び検査結果

受傷後頸部痛、頭痛、両上肢しびれ、頸部運動障害が持続し、平成二年九月三日入院し頸椎ミエログラフィーを行い椎間板ヘルニアによる脊髄神経根症の所見(第五・第六頸椎でのブロツク)を認め、一〇月一五日頸椎前方固定術を行つた。手術後症状は全般的に軽減したが、現在もなお頸部、背部、筋肉痛、両上肢しびれ感が持続している。両上肢腱反射は減弱している。症状は主として自律神経異常によるものと考えられる。

(5) 醜状障害

頸部手術創、腰部手術創

(6) 障害内容の増悪・緩解の見通し等

天候等によつて症状は多少変動するが、概ね大きな変化は今後みられないと判断する。

(三) (甲一七~一九、乙五~七)

原告の後遺障害は、自賠責保険の後遺障害等級の事前認定(平成三年九月二四日付け及び同年一一月一九日付け)で、併合一〇級に認定されたところ、その認定は、右診療の経過及び後遺障害診断を前提に、次のとおり、診療医の意見照会及び顧問医の意見聴取を行つた上で判断されたものである。

(1) 診療医意見

左腸骨を採取しこれを用いて骨移植(前方固定)を行つた。

(2) 顧問医意見

受傷時のX―Pでは無症状変形性脊椎症が認められ、外傷によりこれが悪化し、椎間板ヘルニアが大きくなり、脊髄症になる恐れが出てきたため、第五・第六頸椎椎間板の固定術を行つたものである。外傷との因果関係あり。MRI上第三・第四頸椎椎間板ヘルニアは認められるが、軽度であり影響はなし。また、第四・第五頸椎椎間板ヘルニアは殆ど認められない。X―P上第五・第六頸椎の前方固定は認められる。頸椎の運動制限はない。神経症状は医学的に説明できるまでに至つていない。

(3) 担当者意見

頸椎の前方固定術を行つており、脊柱に奇形を残すものとして、一一級七号の適用が妥当、左腸骨から骨移植を行つており、骨盤骨に著しい奇形を残すものとして、一二級五号の適用が妥当、これらを併合して、併合一〇級の適用が妥当と判断する。

頸部の醜状障害(六・〇cm×一・二cmの手術瘢痕)及び腰部の醜状障害(左腹部に六・〇cm×〇・一cmの線状痕)は、いずれも認定基準に達せず非該当、頸部、背部痛、肩痛、両上肢先端知覚異常、後頭部痛、嘔気等の神経症状は、医証、治療状況等からみて非該当と判断する。

(四) (甲三二)

原告代理人の照会に対する秦野赤十字病院(脳神経外科)の診療医の平成四年八月一四日付け回答は、次のとおりである。

(1) 第四頸椎後右上縁、第五頸椎後下縁、第六頸椎後上縁の両端に骨棘が認められる。

(2) 骨棘が椎間板ヘルニアには影響を及ぼしていない。

(3) 外傷が加わるようなことが過去になかつたとすると、骨棘形成は、加齢による変化である。

骨棘があるということは、椎間板が既に相応の変性を起こしていた、即ち、椎間板の線維輪に亀裂を生じ易くなつていたことを意味する。その様な状態は、急性あるいは慢性の外力が重なると亀裂が拡がつて中心の髄核が脱出し易くなつていたといえる。

(4) 平成二年七月二一日のカルテの記載に「両手のシビレ時々ある」との記述は椎間板ヘルニアの症状と考えられる。

(5) 平成二年五月八日バイクで乗用車と衝突した際の頭頸部の過伸展と屈曲による外力が変性を起こして抵抗力の弱つていた椎間板の線維輪部に亀裂を生じさせ、髄核の脱出を起こさせた。

(6) 受傷直後から頭痛、嘔気、頸肩甲部痛、(第六頸椎)棘突起部の限局した痛み、特に後屈で肩、腕に疼痛が増強する頸部運動制限を一貫して訴えていた。五月一四日、一五日左中指の痛みを訴えているとのカルテ上の記載がある。一方、鎮痛消炎剤と鎮静剤が投与され、更にポリネツクカラー固定を施していたため、椎間板ヘルニアの症状が隠されていたとも考えられる。

ところが、平成二年六月一六日「頸部痛殆どなくなつた、頸の可動域は全部よい、治癒」と診断された後、七月二一日、八月一一日、八月二五日になり頸部痛増悪、頸部運動制限、両手のしびれ、指がパンパンに腫れる等の症状が出現してきたのは、再び運動負荷が加わることにより椎間板線維輪の亀裂が一層拡大したため、髄核が脊柱管内に脱出したので、椎間板ヘルニアの症状が顕在化したと考えられる。また、椎間板の後方への膨隆と椎間板の狭小により骨棘の形成が促され、症状が加算されたと考えられる。すなわち、本件の椎間板ヘルニアは、髄核そのものと、骨棘の増強の両者が症状発現に関与していたことは、CTミエロ所見と手術所見でそれぞれが脊柱管内に突出していた所見より明らかである。

(五) (乙二の七二丁)

診療医は、前方固定術後の就労及び日常生活への支障について、次のとおりの意見(平成四年二月一四日付け)である。

(1) 腸骨採取によつて、就労及び日常生活にはほとんど支障ないと考えられる。ただし、天気の悪い日等に軽度の疼痛が生じることはあり得ると思う。

(2) 前方固定術後、症状は軽快しており、就労及び日常生活には大きな支障はないと考えられる。

(六) (甲三四、調査嘱託)

本件事故は、通勤災害に当たり、労災保険では、「せき柱に変形を残すもの」として一一級の五に該当し、併合加重に該当しないとされ、障害等級一一級とされている。

2  椎間板ヘルニアと事故との間の因果関係の存否

以上認定の事実によれば、原告は、本件事故により、左肘・両膝・左手・右上腕各打撲、頸椎捻挫のほか、頸椎椎間板ヘルニア(第五・第六頸椎)の傷害を負い、第五・第六頸椎前方固定術を受け、平成三年七月二七日、症状固定したものと認められる。

椎間板ヘルニアが本件事故により発症したことは、右認定の診療の経過、診療医の診断意見、事前認定における顧問医の意見等に照らし、明らかであり、椎間板ヘルニアと事故との間に因果関係が存するものと認められる。

そうすると、椎間板ヘルニアの手術による後遺障害も本件事故によるものであり、原告には、自賠責保険の事前認定(担当者意見)で認められたとおりの併合一〇級相当の後遺障害があるものと認められる。

3  損害の減額(過失相殺の類推適用)の要否

右認定の診療の経過、診療医の診断意見等によれば、原告の頸椎には事故前から骨棘形成があつたことが認められるが、経年的変化(加齢現象)であり、事故前には何らの症状もなくいまだ発症していなかつたもので、椎間板ヘルニアは、主として本件事故による外力により発症したものであり、骨棘形成がなくとも発症した可能性は高いものといえる。そして、仮に、本件事故がなくとも椎間板ヘルニアが発症した可能性は、否定し得ないものとしても、その可能性が高いものとは到底いえない。

そうすると、本件では、被害者である原告に事故前に疾患があつたものではなく、骨棘形成が加齢現象としてのものでいまだ発症していないものであることに照らしても、加害者に損害の全部を賠償させることが公平を失するものとは到底いえないから、過失相殺の規定を類推適用して損害の減額をすべきではない。

よつて、この点についての被告の主張は採用できない。

三  原告の損害額(争点3)

1  争いのない損害額 五〇万一五八五円

第二の一4記載の合計金額である。

2  入院雑費 二万五二〇〇円

一日当たり一二〇〇円と認めるのが相当であるから、二一日間で右金額となる。

3  入院看護費 一万八〇〇〇円

一日当たり四五〇〇円で四日分を認める(甲二七)のが相当であるから、右金額となる。

4  通院交通費(未払分) 三万円

証拠(甲二七)により、右金額が認められる。

5  休業損害 三六一万七六二二円

証拠(甲二一~二六、二九)によれば、原告は本件事故により欠勤して、その給与・賞与が減額され、合計二七七万五一七四円が支給されなかつたこと、その間治療のために四八日の有給休暇を使用し、これによる損害相当額は八四万二四四八円となることが認められる。そうすると、休業損害額は、三六一万七六二二円となる。なお、原告の請求する残業相当加算額は、右不支給額の計算において既に考慮されているから、右不支給額と別に損害額となるものとは認められない。

6  後遺障害による逸失利益 八六〇万二〇二一円

(一) 証拠(甲二〇、二一、二九、三三、原告本人)によれば、原告は、昭和四五年三月一一日からスタンレー電気株式会社秦野製作所に金型工として勤務し、事故前の平成元年の給与・賞与支払額は六一三万五九二二円であつたこと、同社の定年は六〇歳であること、原告は、平成三年五月以降は通常に勤務している(原告は、同月分以降の休業損害を請求していない。)が、事故前のようには重労働や残業、休日出勤ができなくなつたと訴えており、将来の昇給やボーナスの査定、退職金への悪影響を懸念していることが認められる。

(二) 労働能力喪失率は、後遺障害等級一〇級で二七パーセント、一一級で二〇パーセントとされている(労働省労働基準局長通牒別表労働能力喪失率表)ところ、原告が平成三年五月以降は休業損害を請求していないこと、前記二1(五)認定の前方固定術後の就労及び日常生活への支障は大きくないと考える旨の診療医の意見等に照らすと、原告の後遺障害による労働能力及び所得の喪失割合は、二〇パーセントには至らないものと推認される。しかし、他方において、原告の後遺障害等級(一〇級相当)の内容・程度、原告の将来に対する不安・懸念も当たつている面があること等に照らすと、原告の現在の現実の所得の喪失割合(原告は、平成四年の収入資料を提出していないので、正確な数値は分からないが、二〇パーセントを大きく下回るものと推認される。)をもつて逸失利益を算定するのも必ずしも相当ではない。これら諸般の事情を総合考慮して、労働能力(所得)喪失率を一五パーセントとして、逸失利益を算定することとする。

(三) 原告の事故前の平成元年の年収額は、六一三万五九二二円であり、同年の賃金センサス第一巻第一表、産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計の五〇歳から五四歳までの年齢階級別平均年収額六〇四万一一〇〇円を少し上回つているから、原告の症状固定時の平成三年の得べかりし年収額も、同年の賃金センサスの同様の数値を下回ることはないものと推認される。したがつて、原告の逸失利益の算定に当たつては、症状固定時の五二歳から定年時の六〇歳までは、平成三年の賃金センサスの五〇歳から五四歳までの年齢階級別平均年収額六八二万八四〇〇円を、定年後の六〇歳から就労可能年限とされる六七歳までは、平成三年の賃金センサスの六〇歳から六四歳までの年齢階級別平均年収額四一〇万五九〇〇円を基礎とすることとする。

(四) 以上により、原告の逸失利益の本件事故時(五一歳)の現価をライプニツツ方式により中間利息を控除して算定すると、次のとおり八六〇万二〇二一円となる。

(1) 五二歳から六〇歳まで

六八二万八四〇〇円×〇・一五×(七・一〇七八―〇・九五二三)=六三〇万四八三二円

(2) 六〇歳から六七歳まで

四一〇万五九〇〇円×〇・一五×(一〇・八三七七―七・一〇七八)=二二九万七一八九円

(3) (1)+(2)=八六〇万二〇二一円

7  慰謝料 五五〇万円

以上認定の諸般の事情を考慮すると、入通院慰謝料として一三〇万円及び後遺障害慰謝料として四二〇万円が相当である。

8  合計損害額 一八二九万四四二八円

9  過失相殺後の損害額 一六四六万四九八五円

10  損害の填補後の未払損害額 一一八四万八六三七円

11  弁護士費用 一三〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、右金額が相当である。

(裁判官 杉山正己)

別紙 <省略>

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